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「どうやって叱ったら良いのか?」に隠れる傲慢さ

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そもそも、この問いを見直す必要がある。

 

叱り方を模索するということは、実はテクニックを想定している。

 

叱るテクニックを器用に使ったとしても、相手は動かない。

 

それは、相手を操作しようとする意図が透けて見えるからである。

 

相手を操作しようとするのは、「傲慢」です。

 

「どうやって叱ったら良いのか?」

 

の前に、

 

「叱るとはどういうことか?」の問い直しを。

 

「叱る」とは、相手を否定することではない。

 

「叱る」とは、相手を操作することではない。

 

まして、「叱る」ことは、自分のエゴで、

相手の能力発揮を阻害することは「成長の領空侵犯」である。

 

「叱る」とは、【相手の成長を応援すること】である。

 

「叱る」ためには、まず、自分の覚悟が問われる。

 

「叱る」ことは、コミュニケーションスキルの

レベルの1つ上の上位概念でとらえる必要がある。

 

そこが、「怒る」感情とは、全く次元に異なることなのである。

 

「怒る」は感情、つまり心理学領域。

 

「叱る」は理性の戦略、つまり哲学領域。

 

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孤独な者よ。
君は創造者の道を行く
  フリードリヒ・ニーチェ
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経営者が孤独であるとは、最もなことである。

 

「叱る」には、覚悟と戦略と使命感の愛を。

 

叱りの達人 こと 河村晴美