パワハラと虎のなげきと自尊心

 

こんにちは。
叱りの達人 河村晴美です。

 

今週は、なぜか日本文化に触れる機会が
目白押しです。

 

その中でも、先週は、文楽(人形浄瑠璃)お茶の稽古。

そして、今週はすでに、お能の勉強、落語を堪能して
参りました。

 

大人の夏休み?

 

と、呑気な話をする気は毛頭ございません。

 

本号も

『歴史と伝統をまとう文化の美学』

         を

『ビジネスという実学』に役立てるネタ

として、一席おつきあい願いとうございます。

って、思いっきり落語の語りですね。(笑)

 

さて、

過日のお能の勉強会で取り上げられたのが

「山月記」 (中嶋敦)でした。

高校の現代国語の教科書で習った方も
多いのではないかと存じます。

あらすじは、他で調べることもできるので
ここでは割愛させていただきますね。

「山月記」の登場人物は二人。

中国のエリート登竜門と言われた科挙に
合格し、共に志をもって高級官僚としての
立身出世を目指した、主人公の李徴と
その友人 袁? です。

 

「山月記」での本質的テーマは

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・臆病な自尊心

・尊大な羞恥心
=========

です。

臆病な自尊心とは、
自分を認めて欲しい。
ほめて伸ばして欲しい。

尊大な羞恥心とは、
傷つきたくない。
恥ずかしい思いをしたくない。

「山月記」主人公の李徴は、
自分の有能さを自己評価している
ものの、もしかしたら他者からは
評価が低いかもしれないと思い、
師匠や経験者からの助言を
避けて、人と交わらず人を避けて
いた。

これが、自分が虎になってしまった
原因であり、今こうして、虎となった
孤独を知るから、かつて自分が人間で
あった時の幸せを振り返ることができる
というものだ。

こうして、虎となり生きる為に捕食する
行為を恥じる理性は、人間の性分を
残しているからであり、やがて
人間の理性も失う時に、幸せも恥も
感じることがなくなることが一番
恐ろしいことである。

それを今、誰とも語り合うことができない
孤独が、一番空しく寂しく恐ろしい。

と、人間の言葉を失ったために
月に向かって吠えるしかない
やるせなさを語っています。

 

=========
・臆病な自尊心

・尊大な羞恥心
=========

いかがでしょうか?

これは、職場でも形を変えて
起こっていることではないでしょうか?

先にもお伝えしたように

 

「ほめて欲しい」「認めて欲しい」

そして

「恥をかきたくない」「傷つきたくない」

よく若手社員から聞く発言ですね。

 

磨くとは、研磨
研磨とは、研ぎ澄ますこと。

つまり、こすり合わせて研ぐ行為
ですから、痛くない訳がないのです。

なので、自分を磨きたいという
キャリアアップ・スキルアップと
恥をかきたくないということは
自己矛盾なのです。

「山月記」という文学を通じて
思春期で多感な高校時代に
教育の中で学ばせようしている
教育方針に、大人になり、
過日のお能の勉強会で
あらためて気づきました。

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叱る本質は

未知なる痛みに向き合わせること
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分かりやすい痛みとは
業務のミスなどの見える部分の注意指摘です。

未知なる痛みとは
先々になってようやく、
「あの時の上司の言わんとしたことは
これだったのか!」という本質を突いた
深い指摘です。

 

正しい叱り方とは

怒るとの対比の説明レベルではありません。

遥かに深い内容であり、今も深奥探求の
ために、河村も日々痛みを伴う学びの探索中です。

 

あなたは、部下へ
未知なる痛みに向き合わせていますでしょうか?

 

さあ、午後からも、価値ある仕事を
創出していきましょう!

 

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知性を磨けば人生が変わる
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